ともとご実家が、木工の街として有名な福岡県大川市の建具屋。父の背中を見て建具職人になることを目指し、地元の工業高校を卒業後、栃木県鹿沼市の建具屋へでっち奉公へ。その修行先で偶然納品に来ていた職人のつくった組子の美しさに衝撃を受け、この道を目指したという木下正人さん。そもそも組子職人は、建具屋で年季があけて職人と認められないと進めない道。早々に組子を目指した木下さんは、建具修行中も休みとなれば、組子屋に足繁く通い作業を手伝い着々と腕を磨いてきたそう。その後、栃木での8年の修行を経て、26歳のときに大川で自らの組子工房「木下木芸」を立ち上げた。

時は、二間続きの和室などでよく使われていた組子。「欄間の意匠を高める工芸品」として、重宝されていた。しかし、だんだんと日本の住宅の在り方が変わり、和室が減ってくると共に組子の需要も激減してくる。「苦しい時代でしたが、なんとかこの仕事を続けていきたかった」と、新たな試みとして照明や収納ボックスなど、組子で使る小物づくりに挑戦する。お声がかかれば全国各地の物産展に足を運び、実演販売なども試みる。しかし、組子そのものを知る人も少なく「組子? 何それ」といった反応が大半だった。

麻の葉や菱形など、さまざまなモチーフで描かれる組子の柄を活かしたコースター。
一つひとつ丁寧につくりあげるパーツが精巧な幾何学模様を描き出す。

きな転機となったのが、デザイナーの水戸岡鋭治さんからJR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」へのプロジェクト参加の声がかかったこと。クラシカルな車両の一面に組子を使う仕事。「普段の組子は家の中で使う仕様ですが、電車の中は常に動く環境。しかも光や空調など、湿度や温度の課題もある。さらに、ハードルが高かったのが、水戸岡さんからあがってきた複雑なデザイン。寝る間も惜しんで取り組みましたが、職人としての腕が試される仕事でした」と語る。しかし、ななつ星の車内に組子が用いられたことで、全国に組子の美しさが知れ渡り、おかげで活力を失っていた日本の組子産地は一気に元気づく。木下木芸にも、ご自宅用はもちろん、レストランやホテル、ブランドのショールームなど、組子の新しい可能性を広げるオーダーが増えた。「欄間で使われていた組子からは、形も、使われ方も大きく変わってきましたが、組子が残って愛されることは本当に有り難いこと」。

「アーティストではなくあくまでも職人として作品づくりに挑みたい」と語る木下さん。

子の魅力はいろいろあるが、木下さん的に一番楽しんでほしいというのが、「光の具合で変わる影の面白さ」。朝、昼、夜はもちろん、季節によっても全く異なる表情をみせる影は、組子のもたらす粋。時代にあわせて形を変えてきた組子は、和の空間だけでなく、今や洋風なマンション空間にも調和する工芸とも感じているそう。「自分が良いと思うものを提案するのではなく、お客さまやその空間に寄り添ったものを提案していきたい」そんな職人としての柔軟さが、これからもますます組子の可能性を広げてくれそうだ。

これまで制作してきた組子照明の数々。次は、有名ブランドにも劣らない組子のシャンデリアに挑戦中。
Profile
組子職人
木下正人

1964年、福岡県大川市生まれ。地元大川工業高校を卒業後、1982年から栃木県鹿沼市の建具屋、組子屋に師事。1990年に大川市で「木下木芸」を設立。JR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」や「或る列車」などの車内装飾なども手掛け話題に。

取材協力 木下木芸

Q:木下さんのお気に入りの組子の柄は?

組子の中でも一番好きなのは古典柄の麻の葉。昔は、赤ちゃんが生まれたら麻の葉でくるんだと言われるほど、魔除け効果をもつデザイン。「シンプルなんですが、柄の中にいろんな物語を感じます」

文・植村康子
撮影・藤田孝介