自宅の和室に座る木下夫妻。床の間の掛け軸は勝博さんの手による水墨画で、絞りの技法を応用して描いている。

「木下着物研究所」を主宰する木下勝博さん・紅子さん夫妻は、文字通り365日を着物で生活する。毎日の着物生活から感じることを活かして、勝博さんは百貨店や和装事業のプロデュース、紅子さんは個人客の相談にのりながら着物ブランド「紅衣 KURENAI」を展開している。
ともと2人は博多織の老舗企業に勤めていた。博多織のメーカーとしては自社製品を売りたいが、着物は帯一本では完成しない。他の商品を紹介するにしても、企業に所属しているとどうしても制約があった。「着物の市場を広げるために、もう少し自由な立場で、着物を着るトータルな文化を提供したい」と感じた2人は独立する。

立後、まず力を入れたのが和のお稽古ごと。茶道、書道、水墨画、和裁、料理、季節のしつらえなどなど、2人あわせるとその数は10以上。その成果は毎日の生活にも取り入れる。例えば、床の間に飾られた掛け軸は勝博さんの水墨画、玄関の短冊は紅子さんの書の作品だ。また、夏の麻の着物がどれだけ涼しいかなど、実際に体験したことを仕事や商品開発に活かしている。「ここは着物と和文化の実験室のようなもの。毎日自分たち自身で実験しているんです」と勝博さん。

季節の草花とともに自宅玄関に飾られた紅子さんの書。着物生活を始めて、より自然に敏感になったとか。

和室で活躍するのは、椅子にも机にも早変わりする布製の折り畳み椅子。

子さんが主宰する着物ブランドは、その人の好みや持ち物に合わせて細かくアレンジを加えていく。シンプルでいながら、こだわりのある色やクオリティに、これまでの着物がピンとこない人もファンになるようだ。
下さんたちが提案するのは、今の時代に合った着物を着るライフスタイル。「活動名には木下着物(生活)研究所と、生活の文字が入っているつもりでいます。単に着物を売るのではなく、着物を楽しむシーンをつくっていきたいと考えています」。
演会や書籍も活動のひとつ。男着物の魅力を伝える勝博さんの書籍は好評で、「男性の着物は自分をアピールする強力なツールになります」と語る。また現在の最新刊『あたらしい着物の教科書』は、初心者にもわかりやすく着物の魅力や着方を伝えている。この2月には新しい本も出版される予定だ。

紅子さんが主宰する着物ブランド「紅衣 KURENAI」はシックでモダンな印象。従来の着物にはない魅力にあふれている。 
慣れた手つきでお茶をたてる勝博さん。茶碗は自身がつくったもので、お客様をおもてなしするにも最適。

「日本家屋と着物は同じ構造をしている」と勝博さん。「どちらも重ねたり減らしたりすることで温度や湿度を調節します。湿度の高い日本だから生まれた構造ですね」。着物を着ると季節に敏感になり、自分の文化と向き合えるようになるとも。自分たちがひとつの事例となって、海外にも着物文化を普及させていくのがこれからの目標だ。

 

Profile
 
木下勝博
木下着物研究所代表。IT企業、老舗博多織元を経て独立。大手百貨店・老舗企業などの事業プロデュースを行う。公私ともに毎日の着物生活で、著書に『はじめての男着物』(河出書房新社)などがある。
 
木下紅子
木下着物研究所女将。百貨店の企画部門に勤務した後、老舗博多織元の着物ブランドで女将を務める。すっきりとモダンな着物センスにファンも多く、自身のブランド「紅衣 KURENAI」を主宰。
 
木下着物研究所


 

Q:木下夫妻のお気に入り

それぞれ違う流派で茶道を習う2人は毎日お茶をいただく。道具でとりわけお気に入りなのが、代々続く奈良の茶筅師・谷村丹後氏の茶筅。お茶をいただく器には、勝博さんがつくった茶碗が登場することもある。

文・湯浅玲子
撮影・Nacása & Partners Inc.